言うまでもなく、国家財政をどう考えるかは私たちの生活と未来に直結する大事な問題だ。しかし、「生活苦しい、だから減税」というレベルの、あまりに素朴な発想で政策が選ばれようとしているのを見ると愕然としてしまう。
ごく簡単にではあるが、以下、基本的な視点を整理してみたい。
資本主義の矛盾と国家財政のあり方
資本主義においては、不可避的に格差が拡大していく。資本は蓄積し、富は集中し、生産能力は増大する。しかし、賃金は可能な限り抑制されるので、生産能力と消費需要のギャップはどんどん拡大する。その結果、(循環的ではない)構造的不況に陥っていく。
この矛盾を解消するには、二つの道がある。一つは戦争と植民地化だ。戦争そのものが需要になる。破壊をすれば「復興」需要が生まれる。植民地化して人々から様々な生きる条件を奪いとれば、それを補おうとする需要が生まれる。人権という歯止めがなければ、実際にそうなった、ということは歴史が証明している。そのことへの深刻な反省は、世界人権宣言前文にも明記されている。
そうならないためには、別の道をゆく必要がある。国家の財政機能を用いて、格差を縮小すること。資本主義のメカニズムとして、際限なく拡大しようとする経済格差を、それこそ「際限なく」縮小していくこと。歳入面では「とにかく富裕層に租税その他の負担を担わせること」、歳出面では「とにかく中流・貧困層の生活水準を底上げすることに支出すること」、これこそが国家の財政運営の(絶対の)柱となる。
もちろん、教育や社会インフラなどを供給し、環境破壊や気候変動を防止し、といった役割も重要ではある。しかし、これらの方向への支出を行う際にも、経済社会全体の格差を縮小するようなやり方が望ましいし優先されるべきという意味で、まず格差縮小という目標を明確にしておくことには意義はあるだろう。というわけで、これらの問題には今回は深入りしないでおく。
ズレている論点
先のような観点から考えると、昨今の(特に日本における)議論のされ方について、強い違和感と危惧を抱かざるを得ない。「減税か増税か」という対立軸で議論されることがよくあるが、「誰から取るのか」こそが大事で、話がずれている。そして、その結論は「(当然)富裕層から取るべき」ということになる。
この点で本来議論すべきは「どうやって?」ということになる。基本は累進的な税制ということになる。消費税(付加価値税)や社会保険料の逆進性をどう考えるべきか。資産課税、金融所得の補足、租税回避といった問題にどう対応するか。論点は多岐にわたるし一つ一つ丁寧に議論すべきだ。ただし、何が目標であるのかについての議論は、もう済んでいていいはずのことだ。
同じように「拡張か緊縮か」という対立軸も違う。「何に使うのか」こそが大事で、ここでも話がずれている。ここでの論点はもう少し複雑にはなるが、「急激な軍事費の増加」という昨今の日本の状況を踏まえるなら、まず「軍事か民生か」という対立軸で考えるのはそれほど的外れではあるまい。そして、その結論は「軍事ではなく、民生、人々の生活の福祉につながる分野に支出するべき」となる。議論すべきは「医療、介護、教育、社会資本整備、農業、公的扶助等々さまざまな分野のどれにどれだけ支出すべきか」という優先順位や選択の話だ。
現状の日本政府は、尋常ではないほどに軍事費を優先にしている。あまりにも簡単に「倍増」という方針が既定路線になっていることもそうだし、民生向けの支出では必ず出てくる「財源」の議論もまるで意味合いが違う。他の支出については支出そのものを抑制する議論がなされるのに対し、軍事費のときだけ、支出を前提に負担を増やす議論がサクサクと進む。
その上で、安全保障については、いくつか補足しておきたい。第一に、軍事費を増やせばそれだけ安全になる、というわけではない(安全保障のジレンマ)。第二に、日米同盟を緊密にしていけばそれだけ安全になるというわけではない(同盟のジレンマ)。最低限この二点を押さえるだけでも、今の日本の安全保障政策が本当に安全性を高めることにつながっているのか、疑問である。現状の安保論議はあまりに空想的で粗雑だ。
結論
以上を基本的な枠組みとして結論をまとめると、次のようになる。第一に、資本主義経済は放置すれば際限なく格差が拡大していき構造的不況に陥るので、国家財政は際限なく格差縮小のための政策を打ち、その歯止めとならなければならない。
この観点から言えば、第二に「誰に租税等の負担をさせるか」が大事で、さらに言えば「いかに富裕層に負担させるか」こそが問題である。場合によっては、増税こそが必要であり(日本はおそらくそう)、目下議論されている所得控除中心の減税は、むしろ格差を広げる悪手となる懸念が強い。
そして、第三に、「何に使うか」が大事で、どのような分野に使うにせよ、その答えは「格差を縮小するように支出する」に尽きる。その点で言えば、必要性の面から言っても格差是正の面から言っても、軍事への支出を最優先にしている現状は見直されるべきである。
現実の国会の議論状況との距離にさすがに嫌になるが、愚痴ばかり言っていても仕方がない。コツコツ語っていくしかない。