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モジモジ君のブログ。みたいな。

はてなダイアリーから引っ越してきました。

“Bombers”の訳語から見える立ち位置

 「本気でパレスチナに寄り添うつもりなら」ブコメで、“Bombers”の訳語について異論を書かれている人があったので(id:sivadさん)、僕がどのように考えているかを簡単に整理しておきます。

訳語の問題

 問題の部分は、こうなってますね。

Bombers and tanks and rockets and white phosphorus shells

 たとえば、イスラエル爆撃機のパイロットや、戦車の操縦士・射撃手、武装した兵士たちは「卵」であるか、「壁」であるか。僕は「卵」だと理解しています。同様に、自爆攻撃をするパレスチナ人青年も「卵」です。なので、ここで “Bombers”が「爆弾犯」だとは、やはり考えにくい、と思っています。“Bomb”=「爆弾」ならわかるんですけどね。

 では、“Rockets”は誰のロケットか。「イスラエルはロケットも撃ちまくっているし」という意見もあったけれども、少なくとも、ここにハマスのロケットが含まれていないとは、僕は考えません。実際、ハマスのロケットは「壁」だろうと僕は理解しますし、「ロケット」と聞いたときには、ハマスのロケットしかイメージしませんでした。というより、ここでハマスのロケットを外して述べたのだとしたら、そちらの方が問題だろうと思います。これは次節で述べましょう。

 そして、ハマスのロケットがイスラエルの数多の軍事攻撃と同様に「壁」であるとしても、量的な違いは歴然とありますし、「占領」という文脈においた場合の意味あいも違いますから、同様に問題にできることではありません。村上も、イスラエルの攻撃を「圧倒的な軍事力を解き放つ」と表現しています。

 というわけで、僕は“Bombers”は爆撃機だと思いますし、“Rockets”に、少なくともハマスのロケットは含まれていると解釈します。そして、そう理解したとして、村上のスピーチはイスラエルの軍事攻撃を非難しているし、その非対称性にも触れています。こうした点に比べれば、「パレスチナ側の攻撃手段とイスラエル側の攻撃手段が交互に出てくる」という根拠は、瑣末な指摘のように思います。

 とりわけ、パレスチナ側の攻撃手段としての「自爆攻撃」は、その頻度も規模も、ずっと小さくなっていると聞きます。イスラエル側からの封鎖が厳しく行われているせいです。事件があれば、日本の外務省も声明を出すようですが、平成20年2月に1件平成19年1月に1件で、他にはありません。「最近の情勢」についてのコメントでは、ガザ地区からのロケット攻撃には言及されていますが、自爆攻撃はありません。これが最近2年間の状況です。ここで「爆弾犯」を出すのは、「今更」という感じは否めません。

ハマスに対する評価と「ロケット」への言及

 僕はハマスを支持するかしないかと聞かれれば、これは明白ですが、支持しません。非難するかしないかと聞かれれば、イスラエル及びイスラエルの側に立っている私たちには非難する資格がない、と答えます。資格とは何かと聞かれれば、最低限、イスラエルによる占領を終結させることである、と答えます。資格を獲得したと仮定するなら、ハマスを非難するかと聞かれれば、当然非難します、と答えるでしょう(実際には、ロケット攻撃をやめるとりあえずの条件としてハマスが求めているのは「封鎖をやめること」ですから、占領終結よりずっと控えめな要求しかしていません。非難する前に、ロケット攻撃がやむでしょう)。……さらに、もう一つ。現状を前提にして、ハマスのロケット攻撃をどう思うか聞かれるならば、軍事的にも政治的にも倫理的にもまちがっている、と答えるでしょう。

 軍事的にとは、それによって軍事的な勝利を得る可能性はありえない、ということ。政治的にとは、その攻撃によってイスラエルに対する占領中止への政治的決断を促すことはありそうにない、現状ではイスラエルの正当性のプロパガンダのために使われてしまっている*1、ということ。倫理的にとは、殺されても殺すべきではない、ということ。ただし、「殺すことは倫理的に過ちである」という指摘は、「この倫理的な過ちをイスラエルにもイスラエル側に立つ私たちにも責める資格はない」と述べることと完全に両立する、ということに注意してください。ついでに言えば、「政治的にまちがっている」という判断がまちがっている可能性も、一応は、認めます。

 ですから、ハマスのロケットをもし含めていないのであれば、それはむしろ問題であるように僕なら考えます。ハマスのロケットに言及するとき、なんでもかんでも「どっちもどっち」的な批判として片付けようとするならば、それ自体がプロパガンダになってしまっているように思います。ハマスのロケットは問題ではないのでしょうか?明らかに問題です。問題だと述べた上で、占領こそが問題だということは説明できます。どうしてハマスのロケットの問題性を「隠蔽」しなければならないのか、僕にはわかりません。

“Bombers”再論

 それでも“Bombers”は「爆弾犯」かもしれませんね。絶対違う、とは言いません。仮に「爆弾犯」解釈を採用したとして、論旨が大きく変わるでしょうか。検討してみましょう。村上は、次のように述べていました。

受賞の報せから何回自問した事でしょうか。こんな時にイスラエルを訪問し、文学賞を受け取る事が適切なのかと、紛争当事者の一方につく印象を与えるのではないかと、圧倒的な軍事力を解き放つ事を選んだ国の政策を是認する事になるのではと。もちろんそんな印象は与えたくありません。私はどんな戦争にも賛成しませんし、どんな国も支援しません。もちろん自分の本がボイコットされるのも見たくはないですが。

 ハーレツ紙の英語では、こうです。

Any number of times after receiving notice of the award, I asked myself whether traveling to Israel at a time like this and accepting a literary prize was the proper thing to do, whether this would create the impression that I supported one side in the conflict, that I endorsed the policies of a nation that chose to unleash its overwhelming military power. This is an impression, of course, that I would not wish to give. I do not approve of any war, and I do not support any nation. Neither, of course, do I wish to see my books subjected to a boycott.

 つまり、村上は軍事力の非対称性に触れています。

 また、既に述べたように、僕はハマスを支持しませんし、同時に、ハマスを非難する資格がないことを認めますが、本来非難できなければならないことであることも認めます。ですから、“Rockets”のように、パレスチナ側の攻撃手段に触れているということ自体は問題ではなく、むしろ必要なことだと考えています。なので、そこに「爆弾犯」が追加されても、なんかバランスが悪い気はしますが、論旨は大きくは変わりません。

 もちろん、「爆弾犯」という訳語を受け入れたとすると、「イスラエル爆撃機のパイロットや、戦車の操縦士・射撃手、武装した兵士たち」も「壁」でしょうから、「システム」に抗うのは一体誰のことなのか、少なくとも「爆弾犯」や「兵士」を除いた一般市民だけになってしまうので変な感じがします。だから、僕自身は「爆弾犯」解釈を取りませんけどね。むしろ、「圧倒的」と表現されている軍事攻撃に言及しつつ、ハマスのロケットにも併せて言及している、と考えます。


 逆に、問いたいと思います。この訳語が決定的に重要になるのは、問題の“Bombers and tanks and rockets and white phosphorus shells”というくだりで、パレスチナ側の攻撃手段に触れていてはならない、と主張していることになります。本当にそれでいいんでしょうか?ハマスの“Rockets”に言及しないですませていいんでしょうか?僕は問題だと思いますけれども。

 その意味で、この訳語へのこだわり方が、その人のパレスチナ問題に対する立ち位置を浮き彫りにする、という側面はあると思います。僕は先の記事で述べたように、僕はパレスチナの側ではなく、「卵」の側に立ちます。「卵」の側に立ったとして問題はイスラエルの占領であり、それもハマスのロケットより先に主張されるべきである、と言えます。占領の解決によって自動的にハマスのロケットも解決するだろうとの見通しも言えます。どこにも問題があるとは、思いません。

追記

 爆撃してるのはF16だから「爆撃機」ではない、という意見がありましたが、噴飯モノだと思います。空から爆弾を落とす飛行機があれば、仮にそれが改装したボーイング747だったとしても、「爆撃機」でなんの間違いもありません。

追記 sivadさんの返答について

 ウマ、ヒツジ、ライオン、インパラの問題
 交互に出すとか最後に落とすとか、そういう形だけじゃなくて、意味って大事だと思うんですよ。基本的にはイスラエルの軍事攻撃に言及し、そこにパレスチナ側の攻撃を無視してるわけではない、という意味を込めた上で、もう一度イスラエルの軍事攻撃に言及して念押しをする、という意味なら、「爆撃機、戦車、ロケット砲、そして、白リン弾」は、普通にアリだと思います。

*1:何度か示唆していますように、プロパガンダとは、かなりの程度で受け手の意思の問題だと、僕は考えています。プロパガンダを受容/需要する意思を、僕は問題にします。ただし、その意思が存在しているという現状認識は、あります。