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モジモジ君のブログ。みたいな。

はてなダイアリーから引っ越してきました。

長居公園、行政代執行

 昨日は風邪気味で、熱こそ出てないもののずっと調子が悪く、今日は無理かもしれないと思いつつ、ビタミンCをボリボリ食べてから床に就いた。朝起きたら思いの他よくなっていた。起きたのが少し遅かったので間に合わないかもとも思ったが、出かけることにする。9時ちょっと前に長居公園に到着。既に周囲はバリケードで囲まれていて、警備員が取り囲んでいる。人だかりもできている。以後、12時頃、テント村が完全撤去されるまでの一部始終をずっと見ていた。事の経緯などは「釜パトブログ」などを見てほしい。
【追記】 また、今回の行政代執行にあたり、野宿者と支援者たちが取った行動、その意味などについては、Arisanのノートを読んで欲しい。付け加えるべきことはほとんどない。


 野宿者はわがままだ、という声もある。物を知らない人は簡単にこういうことを言う。その人が怠慢だから、ということもあるのだろうが、同時に、行政が不誠実な(ほとんど虚偽の)コメントを垂れ流すことにも原因があるのだろう。大阪市は二言目には「受け皿を用意してそちらに移ってもらうように説得している」と言う。その「受け皿」の内実とはどういうものなのか。

大阪市は、15億円の金を使って、「野宿者対策」をやったという。しかしその実態はどういうものか?
例えば、シェルターをつくった。このシェルターに入るには、公園のテントを放棄する事、荷物を放棄する事が義務づけられ、数ヶ月後には出て行くことが要求されるというものだ。
また、「就労支援」を大阪市の職員がやったという。これは新聞の求人欄を切り抜いて、野宿者に渡す、というだけのものだ。
つまりは、これらの金は、シェルターを建設した土建屋や、新聞切り抜き係りの市職員の懐に消えたのであって、野宿者の懐に消えたのではない。
http://black.ap.teacup.com/despera/259.html

 新聞切り抜きを渡して「就労支援」と言い張ることの馬鹿馬鹿しさは、わざわざ言うまでもないだろう。もう一つ、「シェルター」について。その問題点はこれまでも、いくらでも指摘されてきたが、それをもう一度繰り返そう。このシェルターに入るためには、テントを捨て、その他持ち物を捨て、それまで築き上げてきた人間関係を捨て*1、そうしてやっと入れる施設である。そして、半年経過したら、仕事が見つかろうと見つかるまいと出て行かねばならない。
 彼らは基本的には、仕事を見つけて出て行きたいと思っている。出て行かないのは仕事がないからである。仕事の枠は決まっている以上、私たちはそれを取り合っているのだ。こぼれた者はどうすればよいのか。基本的にはそういう問題である、つまり、個々の責任として完結しえない問題である。なのにとりあえず無期限じゃ駄目だよね、みたいな気分で「半年間」などと期限だけ設けてみたところで、どうにもならない。どうにもならないから、仕事が見つからないときには見つからない。とすればどうなるか。つまり、すべてを捨ててシェルターに入って半年経過してしまったら、入居前よりも一層過酷な条件で路上に放り出されることを意味する。
 こんなことなら、そのままテントにいた方がマシである。こんなところに誰が入りたがるだろうか*2。・・・こんな批判は、大阪市は耳にタコが出来るほど聞いてきたはずである。しかし、そんなことはおかまいなしに、二言目には「受け皿を用意している」とマスコミ向けには言い張るのである。企業が言う「社会貢献」とは何か、行政が言う「受け皿」とは何か、言葉を腐らせているのは誰なのか。


 それともう一つ。僕はこれまで、この問題を「行政の怠慢」だと思ってきた。しかし、問題はより深く、陰湿なものだ。

こういう流れの中で、大阪市がこの一年にやってきたことは何か?それはマスコミや世論の目が集まらないように、一人一人の野宿労働者を個別に襲撃して排除していくことでした。もちろん法的な手続きはふんでいません。そういう手続きを開始すること自体がニュースになるからです。

彼らの手口は、野宿労働者が仕事に出かけて留守の間にやってきて、公園にあるテントから家財道具まで、その一式を窃盗していくというものです。そしてその場で焼却してしまうのです。盗まれたものの中には、労働者が生活や自立のために、こつこつと貯めていた現金から、遺骨までが含まれています。そんなの見ればわかるはずです。わかっていて燃やしてしまったのです。・・・
http://bund.jp/modules/wordpress/index.php?p=329

ここには、より積極的な悪意が含まれている。人はどうしてこのようなことができてしまうのだろうか。・・・大阪市側の仕打ちに、一かけらの理もない。そこに住む市民の一人として、情けなく、そして恐ろしく思う。

*1:シェルターの規則は無駄に厳しく、支援者や他の野宿者たちとの交流はほとんどできない。保護よりも収容すること、外から見えなくすること、社会から切り離すようにしか機能しない施設である。

*2:しかし、自立支援センターなんて、野宿者の実数からすればまったく足りない。しかも、このセンターがうまく機能するならば、いずれ利用者がいなくなって無駄になることになる。だったら、公園の片隅を一時使用する方がずっと合理的ではないか。無駄な箱物作ってる金と暇で、別のことをすれば、もっと効果のあることができるはずだが。