モジモジ君のブログ。みたいな。

はてなダイアリーから引っ越してきました。

郵政問題のソフト・ランディングのために

郵貯簡保の抱える資金をなぜ市場に放出しなければならないのか。その理由としては、「政府が財政赤字を垂れ流し、その受け皿が郵貯簡保になっているからで、その蛇口を閉めなければ財政再建はできない」、ということが指摘されていた。だから、郵政民営化が大事だ、という話になる。これに対する反論として、「もともと政府が赤字を出すから悪いのであって、郵貯簡保が金を溜め込んでるから悪いというのはおかしい」というものがあった。財政再建の話は郵政民営化と関係ない、と切り返す。

この反論は、実は成り立たない。その上で、しかしそれでも郵政民営化法案には賛成できない。ということを述べてみたい。言い換えれば、郵政民営化反対論を修正しつつ僕なりに作り直す、という作業をしてみる。

郵貯簡保による資金運用の限界

金融機関はお金をかき集めるだけでは意味がない。集めた資金を運用して初めて郵貯簡保は収益を上げることができる。では、実際にどのような資金運用をしているのかを、郵貯簡保の公開資料に見てみよう。

郵貯資金の運用状況@郵便貯金2004
http://www.japanpost.jp/top/disclosure/j2004/chokin/index.html
の「業績・財務ハイライト」のP.14

簡保資金の運用状況@簡易保険2004
http://www.japanpost.jp/top/disclosure/j2004/hoken/index.html
の「業績・財務ハイライト」のP.13

郵貯の資産はトータルで227兆円。うち郵貯の自主運用分が115兆円程度で、国債86兆円と地方債9兆円が大半を占める。自主運用でない資金113兆円というのは預託金であり、これは財務省に運用しているもの。つまり、ほとんど政府に入っている。簡保の方も似たようなもので、資産総額120兆円のうち国債51兆円・地方債7兆円となり、郵貯よりは比率にしても少ないが、こちらは公庫公団などやはり政府系の特殊法人に18兆円流れている。貸付金も地方公共団体や公庫公団がほとんどで、結局こちらも大半が政府に流れ込んでいることになる。


もちろん、そもそも赤字を出す政府が悪いのだ。という言い方はできる。しかし、政府が赤字を出しつつ無理やり郵貯簡保資金を吸い上げている、という見方は正しくない。これだけの多額の資金は、集めるのも大変だが、集めた資金を運用して利益を出すのは、これまた大変な努力とノウハウが必要になる、ということなのだ。ただでさえ政府保証のついたお金はある種公的資金であり、リスクを取っての運用もそう簡単には手が出せない。運用の難しいお金である。結果として、一番リスクのない融資先として政府に流し込むというのは、郵貯簡保側にとっても願ったり叶ったりなのだ。

かつて郵貯資金運用を財務省に丸投げしていて、特殊法人融資や国債増発などの放漫財政体質につながったとして批判を受けた。そして、確かに郵貯財務省の癒着を切り離すべく改革が行われている(郵貯サイトの「経営の重要な取り組み」というページが分かりやすい)。しかし、そう簡単に郵貯から政府への金の還流がとまるわけではない。そもそも郵貯はそれ以外の運用先を開拓する能力がないからだ。実際、簡保の方は1919年以来原則として自主運用がなされてきたにも関わらず(簡保資金の運用について)、やはりその資金のほとんどが政府に流れ込んでいるのである。政府の財政再建は確かに火急の課題だが、それが進展した場合には郵貯簡保の巨額の資金は行き場を失う。その意味で、350兆円の行き先は考えておかねばならない。

郵政民営化法案の問題点

その一つのやり方が巨額の資金を抱えている組織そのものを民営化してしまえ、というものだ。これは物凄く分かりやすいが、しかし極めて乱暴である。第一に、ユニバーサル・サービスを担う主体が消えうせてしまう。第二に、民営化されたからといって、急に高効率企業に変身するわけではない。民営化された郵貯簡保が民間企業と伍していくためには、民間企業なりの構造に大改革しなければならない。それは言うまでもなくリストラ断行であり、郵便局員の多くが首を切られる。切られるのでなければ、民営化した郵貯簡保企業は民間企業としての強みを発揮することはできない。第三に、これまた民営化されたからといって、急激に資金運用ノウハウが降ってわいてくるわけでもない。民営化された郵貯簡保企業が仮にコケたらどうなるのか。


こうした問題について、政府および竹中担当大臣はロクに答えていない。第一のユニバーサル・サービスについてはまったく口をぬぐっていることはid:mojimoji:20050821、id:mojimoji:20050822でも述べたとおり。第二の民営化後のリストラについては、たとえば次の引用に見るように、雇用の問題をそもそも既得権だとしか認識していないらしい。

「公務員は楽だから」=郵政労組を批判−竹中担当相
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20050822-00000164-jij-pol


竹中平蔵郵政民営化担当相は22日夜、都内で演説し、郵政民営化に反対する日本郵政公社労働組合について「楽だから国家公務員でいたい。民営化から逃げよう逃げようとしている。そんなことを許してはいけない」と強く批判した。同相はまた、「自民党抵抗勢力特定郵便局長の、民主党労働組合既得権益を守ろうとしている点で共通している」と指摘した。(了)

時事通信) - 8月22日23時1分更新

既に民間企業の労働者として首切りにおびえている人たちは、公務員として身分が保障されている郵便局員を妬ましく思い、その首切りに喝采さえ送るかもしれない。しかし、彼らをリストラすることで生まれた余剰は、公務員を妬むような人たちの懐には決して流れ込んでこないことをきちんと自覚しておくべきだろう。それどころか、労働市場にはさらに失業者があふれ、これは賃金を押し下げる効果を持つ。人を呪わば穴二つなのである。


第三の点については、特別委員会で次のようなやり取りがなされている。

○井上(信)委員 そうした中で、民営化した場合に本当にうまくいくのかどうか、これが一番大きな心配だというふうに思っております。あるいはまた、うまくいき過ぎて民業圧迫になってしまうのではないか。先ほども質疑がございましたけれども、ここが、私もいろいろ質疑を伺っていてもよくわからないところであります。大臣御自身も、現状において将来のことはわからぬという話なのかもしれませんが、それは余りに無責任なことであって、ですから、そこをちょっとどのようにお考えになっているのか。
私の理解では、例えば骨格経営試算においても、民営化したとしても、現状のままであればじり貧になっていく、だんだんと利益が減っていく、そういった試算結果のように思われます。あるいはまた、その採算性に関する試算ということで新規業務についてのこれは試算も出していただきましたけれども、これも、十割達成、五割達成とありますけれども、もし達成しなかったらどうなるんだ、こういった懸念があるわけであります。こういった新規業務に全くの素人が進出していって本当にその採算性がとれるのか、これは当たり前の心配だというふうに思っております。
他方で、これはもう本当にうまくいき過ぎて、そして民業圧迫になってしまう、こうなったらどうしてしまうのか、こんな懸念もされております。この委員会でも紹介がありました民主党の政策パンフレット、この中に、実質国有の超巨大コンツェルン、国が大株主の国有株式会社ができてしまう、こんな主張もなされているところであります。確かに、こんなことになってしまえば、これはこれで困るというふうに私は思っております。
私が思いますに、特に、一般の株式会社になる郵貯簡保に関しましては、これはもう一般原則で、経済原則で採算性をとって収益を高めていく、これを新しい経営者がやっていくということで、これは、努力すればするほど当然うまくいって民業圧迫になっていく、では、それをそうならないためにどうするのか。いわば、新しい経営者の足を引っ張らなければいけないのか。それはそれで制度の枠組みとしておかしいというふうに思っております。
ですから、私が思いますのは、大臣がおっしゃるように、本当にうまくいく場合、うまくいかない場合、いき過ぎても困る、いかな過ぎても困る、では、その中間をうまく進ませていく、実現させていく。ただ、そんなことが本当にできることであれば、これはもう不可能に近いことだというふうに私は思っております。
本当にそんなことができるのか、できればそれはいいと思いますけれども、そこの点について見解を伺いたいと思います。


○竹中国務大臣 うまくいくかうまくいかないか、私は、もちろんうまくいくと思ってこの法律を提出させていただいているわけでございます。しかし、具体的にどのようなビジネスモデルでどのようなビジネスを新たに行ってやっていくか、そういう経営の判断には、政府はやはりそこは関与しない方がいいという基本的な考え方を持っているわけです。私たちは可能性を示して、その枠組み、枠組みというのは、分社化してやっていけるのか、分社化した枠組みで、ある仮定を置けばやっていける、例えば人件費をこのぐらいに抑えればやっていける、そういう可能性をしっかりと確認をして、これはだからうまくいく、あとは、経営の皆さんに経営の専門家として具体的なそのビジネスモデルの構築をしていただきたいということでお願いをしているわけでございます。
その場合に、民業を圧迫するかどうかというのは、これは特に移行期間中は大変重要でございます。民営化したといっても、当初は一〇〇%国が株式を持つわけでありますから、利用者から見ると、実体的にこれは国だというふうに認識をさせる、それが銀行や保険等々の信用商売にはそれなりの影響をやはり与える可能性がございますから、また、公社の資産を引き継いで出発するというような有利性もある。そういったことを考えて、それが民業を圧迫しないように、これは、民営化委員会という仕組みをそのためにつくって、そこで経営の自由度と民間とのイコールフッティングをしっかりとバランスをとってやっていく、その意見を聞きながら主務大臣がしっかりとそれを監督していくというような仕組みをそのためにつくっているわけでございます。民間の自由度と、それと民業の圧迫を避ける、イコールフッティング、その仕組みをうまく機能させることによって、委員御指摘のような、御懸念のようなことをしっかりとカバーしていけることが私は可能であろうというふうに思っております。
しかし、その上でやはりこれは健全な競争はしていただかなければいけませんから、競争の結果やはり利益がどれだけ上がるか下がるかというのは、そこはそれぞれ経営の勝負でありますから、そこは経営者としてしっかりと御対応いただかなければいけないというふうに思っております。
いずれにしましても、基本的な枠組みは、私たちは、それはうまく機能するということを骨格経営試算で確認をさせていただいております。


第162回国会・衆議院郵政民営化に関する特別委員会・8号 ・発言38−39@国会議事録検索システム

一応、窓口・郵便・郵貯簡保の4つすべてについての答弁であるが、それでも<民営化された郵貯簡保企業を経営する経営者にお任せします>以上の何も述べていないのは明らかである。それも移行期間においては株式は100%政府保有であり、その意味ではまったく民営化されていない。その期間においては、つまり民営化途上の郵貯簡保企業の成功は文字通りの「民業圧迫」に他ならないわけであるが、それについては<郵貯簡保企業の成功を支えつつ、民業を圧迫しないほどほどの線をうまくやる>などと眠たいことを根拠なしに言っているだけである。ほとんど見切り発車で出たとこ勝負であることを自ら白状しているに等しい。

では、コケたらどうなるのか。それは多大な公的資金を食いつぶすと同時に、再生ファンドに新たなビジネス・チャンスを提供することにしかならない。もちろん、既にコケてしまった金融機関は再生ファンドに託してでも再生してもらう必要がある。しかし、まだコケていない郵貯簡保の民営化については、絶対にコケないように細心の注意を払うべきなのだ。このような見切り発車でよいわけではない。*1

代替案は?

このような乱暴なやり方しかないのなら、それはそれで仕方がないのかもしれない。しかし、問題は「郵貯簡保が巨額の資金を保有していること」なのだから、郵貯簡保の組織自体を民営化するよりも、この組織にお金を吐き出させるというやり方の方が良いかもしれない。

実は、民主党が提案しているのがこういうやり方である。

2.どうして郵政改革が必要なの?

350兆円の郵貯簡保資金(=国民の皆さんのお金)が、財政や財政投融資という仕組みを通じてムダ遣いされています。だから改革が必要です。郵便局に集まるお金を減らすとともに、ムダ遣いをやめさせることが必要です。


3.民主党の考え方は?

郵便は、国際条約で基本的な公共サービスと定められています。民間事業者と競争しながら、国も一定の役割を果たすべき分野です。一方、金融については、民業補完という原点に立ち返り、適正な規模まで縮小します。本来の姿に正常化するということです。民主党は、民営化よりも正常化が必要だと考えています。


郵政改革問題に関する民主党の主張: 「民営化よりも正常化」
http://www.dpj.or.jp/news/200505/20050520_09yuusei.html

具体的に「郵便局に集まるお金を減らす」ための方法というのが、現在一人当たりの郵貯残高上限が1000万円であるところを段階的に引き下げる、というものである。民主党は実際に数値目標まで掲げていて、8年以内に郵貯資金量を半減させる、と言っている。これが可能ならば、今回の法案のような無駄なリスクを負う必要はない。少なくとも、まず500万あたりまで1、2年で引き下げて、様子を見るだけの価値はあるだろう。その上で「やはり民営化」となったとしても、今より多少資金は縮小しているはずであるから、民営化途上での民業圧迫の問題も若干緩和されているはずだ。


他方、民主党案にしたがって郵貯簡保資金が民間に放流されることになれば、国債や預託金利子の減少により、郵政公社の財務状況は次第に赤字化するだろう。しかし、徐々に表面化する赤字化の流れの中で、計画的に人員を削減したり、維持すべきユニバーサル・サービスの水準を検討したり、公社全体の合理化を徐々に進めていくことができるだろう。全体としてソフト・ランディングできる可能性を、まだ民主党案は持っている。今、この段階で、ほとんど胴体着陸同然の法案を受け入れる理由はまったくないと思わざるをえない。

*1:ちなみに、巷に跋扈する「ハゲタカ・ファンド論」には注意がいる。一応参考までに、新生銀行再上場をめぐる次の記事を。http://www.ccsjp.com/news/news20040220.htm