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『お金に「正しさ」はあるのか』

 仲正昌樹お金に「正しさ」はあるのか (ちくま新書)』を読む。って、読み終えたのはもう先週の話。なんだかいろいろ書きそびれて今日まで持ち越した。

 つまりはこの本が言いたいことは「お金は大事だよ」ということだ。お金というより、希少な資源があり、それをある目的のために使えば別の目的のためには使えないという単純至極な真実をもっともっとちゃんと自覚しろ、という話と理解した。たとえば、イラク人質事件に関して、「外務官僚の仕事は人質の救出であって、人質の自己責任を問うな」という類の言説については、<それが仕事であるとしても、人質の救出にあたっている間に他の業務はできず、その他の事態に対応できないことによって誰かが不利益を蒙るかもしれず、そのことを考えねばならない>というようなことを述べている。確かに、資源の希少性にまつわる問題をまったくわきまえない無責任な発言をする左翼っぽい人がたくさんいるのは確かだろう。元社民党党首・土井たか子からしてそうだ。「ダメなものはダメ」という明快な発言に拍手喝采した人もいただろうが、少なくとも僕は頭を抱えて「やっぱこの人はダメだ」と思った。

 しかし、かねがねそう思っていただけに、この本に書かれていることは、僕にとっては当たり前のことで、僕が経済学を学ぼうと思ったのは、今、あまり経済学っぽくない問題を考える上でも経済学を学んでいてよかったと思うのは、こういう問題があるととりあえずはわきまえているからだ。その意味で、とりあえず新しい発見はこの本にはなかった。*1なかっただけでなく、僕は土井的放言左翼にもついていけないものを感じるけれども、その放言左翼を批判しながら「こんな連中にまかせていたら、自民党よりもっとひどいことになる」とまで述べる仲正さんの指摘にも違和感を感じる。必ずしも右翼的ではない人の左翼批判ってのはよくあるけど(稲葉振一郎さんとか)、それらにもどうにも乗り切れないものを感じるのだ。というのは、こういう左翼批判をする人達が、実際にどこに向かっていきたいのかを示すことがあまりないからだ。実際、この本において仲正さん自身が積極的なビジョンを示すことはない。*2あるいは、示すとしても、あまり魅力的ではない保守主義だったりする。それって諦めてるだけやん、と。

 つまり、こういうことだ。放言左翼はとりあえず問いを持っていて、その問いに対して馬鹿な答えを出してくる。僕はその答えにとりあえずため息をついてしまう。しかし、そうした放言左翼を批判する声は、そもそもその問いを問いながら自らの答えを提示するという作業をほとんどしない。*3だとすれば、あなたはそもそも問いを問うていないのだから、それくらいはわきまえておくべきではないか、といいたくなるのだ。*4

 放言左翼に辟易するのは分かる。分かるけれども、そのアホさ加減を批判できるのは、同じ問いを問いながら、別の答えを探す努力をしていることが前提ではないのか、と思うのだ。僕は放言左翼は嫌いだけど、放言すらしない保守主義者はもっと嫌いだ。そんなことを考えながら読んだ。この本は、反戦や平和や環境なんかを考えながらどうも地に足がついてないと感じる人は是非読むべき。ただし、他方、この本に書かれていることにいちいち納得してうなづいてしまうような人は、まず自分自身が反戦や平和や環境などの根源的に公共的な問いに対してどのようにコミットしているのかを徹底的に振り返ってみるべきではないか、との注意を一言述べておきたい。

*1:といっても、ダメな本ではなく、むしろ大事なことを言っている本だと思う。こうした本が書かれなければならないような左翼言論人におけるヒドイ状況は確かにある。ただ、無責任さに関して言うならば、最近の保守言論人も大差ないと思うけども。

*2:他の場所でしているのかもしれないが、それは知らない。

*3:仲正さんがしているのかどうか知らないが、しかし、左翼批判をしつつ代替案を示さない人はとても多いので、ここはそういう人達を念頭において読んで欲しい。

*4:重ねて言うが、仲正さんがどうなのかは知らない。