モジモジ君のブログ。みたいな。

はてなダイアリーから引っ越してきました。

介護予防?リハビリ?

http://d.hatena.ne.jp/nozakiy/20040924 でのやり取りを踏まえて。

  • 介護予防:体の機能を失わないように努力する
  • リハビリ:体の機能を回復するように努力する

ってことなんだけど、こういうものを強要する空気ってのは確かにあって、そして嫌なものだとも思うんだけど、ちと置き換えて考えてもみたい。


「働かざるもの食うべからず」という言葉もあって、これも似たような嫌な雰囲気のある言葉なんだけど、仮に自分自身(のような境遇にある者)が働きもせずにブラブラとしていたら、それは非難されても仕方ない面があるようにも感じる。このような怠惰な人生は、その人の自由としてまったく許されるのだろうか?許されるのだとしても許されないのだとしても、そこには説明がいる。介護予防やリハビリも、このような勤勉さの社会規範の延長線上で言われることでもあったりする(それだけではないけど)。とりわけ、中途障害者であったり、回復の見込みのある一時的な障害者であった場合には、こういう価値観を本人も色濃く持っていて、リハビリに精を出したりする。
僕らは周りに干渉されずに自分のことは自由に決めさせてくれ、って思う。だけど、程度の差こそあれ、僕らは互いに利害を共有していて、だから他人の決定に口を挟みたくもなる。僕がパートナーから「健康のためにダイエットしたら?」と干渉されることには、「俺の自由だ」と一言で済ませるわけにはいかないものを感じる。呼吸1つとっても、他者との利害が絡みうる。ここに自由主義の不可能性はあるとは思うんだよね。利害関係の「有無」を自由と干渉の基準にしていたら事由などない。現実の中で落しどころを探すとすれば、利害関係の深さなどに応じて自由と干渉のバランスを取っていくしかない。程度問題なんだよね。とすると、介護予防やリハビリについてはいったいどこらへんのバランスで落ち着くのがいいんだろう?
社会が特定の人にリハビリや介護予防をさせたがっている。それは確かで、今の状況は行き過ぎに思えるんだけど、それが行き過ぎであることは批判できても、そういう論法自体にトドメさすのはもう少し難しいと思うんだよね。今のところはそこまで。