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格差社会ノート(2)──解雇規制とセーフティネット

 労働に関する規制としては、ざっと解雇規制、労働時間規制、最低賃金規制を思いつく。僕自身が直感的に考えることとしては、このうち、解雇規制と最低賃金規制については相当緩やかな制度にしてもいいと思っている*1。普段の僕の論調を知っている人は、意外に思うかもしれないけれども、この点について経済学者の主張する理論的根拠には概ね同意できる。にも関わらず、現時点での解雇規制緩和最低賃金規制緩和については反対だ。というのも、解雇規制緩和最低賃金規制緩和の大前提として、そうした規制緩和の結果として損をする層(規制緩和論者からは「既得権」とひとくくりにされてネガティブ・キャンペーンを張られているわけだけど)が一層困窮することに対して対策が立てられなければならないからだ。よく言われるところの「セーフティネットがどの程度機能しているか」という論点に関わる。

 そのことは、解雇規制緩和論者にもきちんと理解されているようではある。福井秀夫大竹文雄編『脱格差社会と雇用法制』を今読んでいるのだけど、八田達夫『序章 効率化原則と既得権保護原則』では、(雇用規制緩和政策を含む)効率化政策採用の条件として、次のように述べられている。

 第一は、他の効率改善政策が頻繁に行われていることである。・・・
 第二は、どの程度セーフティネットが充実していることである(ママ)。つまり、競争の舞台から落ちた人に対してちゃんと安全網を張っているかどうか、ということである。累進的な所得税だとか、累進的な相続税だとかを財源にして、低所得になった人に対しては生活保護などの補助を行う、という制度がセーフティネットである。
 効率化政策を実行していくと、そのたびに、既得権を次から次に失って、貧乏になってしまう人がいるかもしれない。しかしセーフティネットがあれば、極端な貧困に陥ることを防ぎ、再起が可能になる。貧乏な人を、そうなった理由に関係なく救済する再分配の機構が作られており、セーフティネットがきちんと張られている社会では、効率化政策を次から次に進めても、特定の人に大きな犠牲を強いることなしに、大部分の人が豊かになることができる。
 第三は、職業選択の自由や居住地選択の自由があることである。・・・(pp.19-20)

 特に第二の点。真面目に読むならば、「セーフティネットが充実していないならば、効率化政策をすべきではないかもしれない」という話に読める。しかし、まとめを読むと、次のように書いてあり、唖然とする。

 効率化原則は、さまざまな政策の再分配効果がある程度相殺され、長期的には社会厚生を引き上げるという見込みを前提にした政策基準である。したがって、長期的にどれほど相殺されるかという見込みを前提にした政策基準である。したがって、長期的にどれほど相殺されるかという見込みが、効率化政策を採用するか否かの基準になる。日本では幸い効率化政策採用の前提となる三条件①効率化政策の頻度、②セーフティ・ネットの存在、③地域や職業間の移動の自由、が満たされているため、既得権保護によって袋小路にはまりこんでしまうよりは多くの人たちが効率化政策を望む可能性が高い。(p.35)

 日本には十全なセーフティ・ネットが存在している、という認識のようです。こういう現状があるにも関わらず。


 他にもいろいろ文句つけたいところはあるのだけれど、とりあえず今回はこの一点。
 解雇規制緩和に反対するときに、まず思いつくのは、「そんな効率性ばかりを言うのはおかしい」という議論だろうけども、この線で反論するのはあまりうまいやり方ではない。「市場で生き残れない奴は死ね」と直接に述べる経済学者はさすがにいないので、規制緩和論者は必ずセーフティネットの存在を前提している。そして、驚くべきことに、セーフティネットがちゃんと存在している、という認識を持っている。これは(1)存在すべきセーフティネットの水準を相当低いところに置いているか、(2)単なる事実誤認のどちらかを意味する。ネットカフェ難民の若者が一体どんなセーフティネットが利用できるのか、とか、そういう具体的なセーフティネットの不備を根拠に反対していくのがよい。
 そして、これは受け入れ難いと感じる人も多いかもしれないけど、「セーフティネットがきちんと完備していれば、解雇規制や最低賃金規制は相当緩やかでもよい」というところは、よくよく考えてみてもいいと思う。セーフティネットがきちんとしているということは、そのときには少なくとも生活不安はないのだから、規制がなくてもよいかもしれない*2

脱格差社会と雇用法制―法と経済学で考える

脱格差社会と雇用法制―法と経済学で考える

*1:労働時間法制については別。これはまたいずれどこかで考える。

*2:下手に「働く権利」とか持ち出す議論は、うまくいかないように思う。ただ、別の論拠で、若干ではあれ解雇規制は必要だと思う。これもまた別の機会に。