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財政と民主主義 ~ 神野直彦『財政のしくみがわかる本』より

 神野直彦『財政のしくみがわかる本』を読み返していたら、郵政民営化に関連しておもしろい記述があったので、紹介したいと思います。あの郵政解散の喧噪から、今年で10年になるのですね。

 郵便貯金はイギリスのグラッドストーンがつくりました。この経緯を、私の恩師である加藤三郎先生が明らかにしています。
 グラッドストーン自由党で、保守党と対立していました。自由党グラッドストーン派が労働党にもなっていくので、グラッドストーンは労働者の支持を受けて政権につきました。ところが、労働者のためになるような政策を打とうとすると、シティ(ロンドンの金融界)から介入されます。シティに国債を引き受けてもらい、お金を借りていたからです。
 そこでグラッドストーンは、シティからの政治的な中立性を保ち、民主主義を確保するにはどうしたらいいだろうかと、悩みに悩みます。その結果、彼が出した結論は「全国津々浦々にある郵便局を利用して、そこで貯金をしてもらってすべての国民に国債をもってもらおう」ということでした。つまり、一部の金持ちに国債を握られると政治的な中立性を守れないので、すべての国民に国債を引き受けてもらおうと、郵便貯金を民主主義のためにはじめたのです。
 そこで郵便貯金には二つの条件が設けられます。一つは、郵便貯金では(いまは地方債が多くなっていますが)しか引き受けないこと、もう一つは預けることのできる郵便貯金に上限を決めることです。金持ちが大量に預けると、金持ちが大量に国債をもつことになりますから、上限を決めて、広くうすくもってもらうと二つの条件をつけたのです。
 一九二〇年代、世界全体が不況になりました。日本でもイギリスでも、郵便局のほうが安全だからと、銀行から郵便局に預金が流れていきました。すると、日本でもイギリスでも、銀行業界が「郵便貯金金利を引き下げろ」という要求をしました。
 労働者の力が強かったイギリスでは、その要求は門前払いされました。ところが、日本では銀行業界の言いなりになって、郵便貯金金利の引き下げました。時代が移って一九八〇年代、また郵便貯金にお金が集まってくると、銀行業界は「郵便局を民営化しろ」と言ってきました。そうするとまたも銀行業界の言いなりになって、日本は民営化するのです。
 一九二〇年代も一九八〇年代も、日本の政府は「民主主義はどうなるのか」ということは考えませんでした。最近では「地方債にしても市場の統制が重要なのだ。市場に統制してもらったほうがいい」と、ものごとの原点をとりちがえています。民主主義が崩れてしまうことが目に見えているのです。
 市場では人々は購買力に応じて発言力をもっているので、金持ちの言いなりになることになるからです。「それは民主主義ではない」と言わなくてはいけないのに、マスコミも国民もいっせいに、「市場の声に逆らわないことがいいことだ」と言っていることに、私は民主主義の危機を感じています。……(神野直彦『財政のしくみがわかる本』、pp.21-22)

 もちろん、財政投融資をはじめ、当時の郵便貯金のあり方に大きな問題があったことはまちがいありません。また、その後の格差社会の深化の中で、郵貯に少額の貯金を持つことすら困難な人たちがどんどん増えていますから、郵便貯金のしくみがそのままで民主主義を守る防波堤であり続けただろうとは考えにくいと思います。
 しかし、上記のエピソードからは、少なくとも、財政に対する民主的統制は努力して確保しなければならないこと、黙っていたらどんどん私たちの手を離れて行ってしまうことが、わかると思います。いかにして、財政に対する民主的統制を取り戻すか。大事な課題ですね。

財政のしくみがわかる本 (岩波ジュニア新書)

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