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反リフレの経済学

流動性選好

 私たちがお金の使い道を決める、その場面に話を戻しましょう。(2)式または(5)式から明らかなように、私たちは自由に使い道を決められるお金(可処分所得)を、使う(消費)あるいは貯める(貯蓄)、そのどちらかに振り分けます。

 (5) 可処分所得=消費+貯蓄

 金利引下げとインフレ目標という金融緩和政策により、貯蓄が相対的に不利になり、その分、消費が増えます。では、ここでの「消費」とは具体的に何を指すのでしょうか。ここがポイントです。以下、消費と貯蓄では話が分かりにくくなるので、財貨(モノ)と貨幣(カネ)と言い換えることにしましょう。すべての所得は、財貨に支出されるか、貨幣の形で持っておくか、そのどちらかです。購入された財貨は、私たちの日々の生活の中で使われます。貯めておかれた貨幣は、将来、財貨を購入する際に使われます。

 貨幣の魅力とは、取っておけること、将来必要なものに変えることができる、その融通のよさです。たとえば、老後のために医療費や介護費を貯めておくとして、運良くそうした費用が不要であったならば、海外旅行にでも出かければよい。その都度、何にでも使うことができます。選択肢の広さを確保しておくこと、これが貨幣の魅力です。貨幣の持つこうした性質を、流動性と呼びます。人々は、流動性を確保するために、貨幣を持つのです。これを流動性選好といいます。

 金融緩和政策は、流動性確保手段としての貨幣の魅力を、引き下げるように作用します。そして、貨幣を取っておくではなく、財貨を買うように促すわけです。では、改めて問います。人々は、どんな財貨を買うのでしょうか。人々は、欲しい財貨は既に買い、余りを貨幣として取っておいたのでした。しかし、金融緩和政策により、貨幣を取っておくことは相対的に損になったのです。ここで人々が考えることは、「貯めておくのは不利だから使おう」ではありません。素直に考えれば、「貨幣ではない別の形で取っておこう」となるのではないでしょうか。

 同様のことが、貯蓄から投資に向かうプロセスにおいても生じます。貯蓄は、金融機関を介して、投資に向かいます。では、ここでの「投資」とは、具体的に何を指すのでしょうか。企業の生産設備などへの投資に回るなら、その時点で、貨幣は財貨に支出されることになります。それが需要になるはずです。もちろん、いくらかはそういう経路でも使われるでしょう。しかし、消費そのものが冷え込んでいるのに、有利な投資先がそれほど劇的に増えるはずもありません。だとすれば、生産設備などの実物投資としての「財貨」を買うのではなく、先ほど同様、「貨幣ではない別の形で貯めておく」ための「財貨」を買うことになるでしょう。

貨幣とはなにか

 では、貯めておくことのできる財貨とはどういうものでしょうか。たとえば、肉や野菜を購入して、それで貯めておくのはどうでしょうか。言うまでもなく、これは無茶です。腐ってしまいます。肉や野菜ほど極端ではなくても、大抵のものは、古くなって痛んだり、腐ったり、さまざまな理由で価値が目減りしてしまいます。保存する方法や場所を確保するのも、これまた面倒です。このように、現在あるものを未来に持ち越そうとすると価値が目減りしてしまう、この目減りのことを持越費用といいます。貨幣の要件の第一は、持越費用が低いことです。ここで法定通貨を考えますと、これは持越費用がきわめて低い、「貯める」という目的に適した特別な財貨であるわけです。

 貨幣の要件の第二は、その価値が安定していることです。そのためには、第一に、労働を投入しても供給を増やすことができない、あるいは困難であること、第二に、確実な需要が見込めること、これら二つの性質をある程度持っていることが必要です。たとえば、以上の条件をみたすのは、金や貴金属、土地、原油などの資源がこれにあたります。水や食料も「確実な需要が見込める財」ですから、その候補になります。とりわけ、先物取引の存在によって、この傾向は強まります。なぜなら、食料それ自体には持越費用が大きくなりすぎるとしても、食料先物については、その心配がかなり小さくなるからです。

 貨幣の要件の第三は、流動性プレミアムです。流動性とは、好きなときに好きなものと交換できる、という性質です。ですが、いくら土地や貴金属が第一、第二の要件を満たしていても、いざというときに欲しいものと交換できなければ、流動性と呼ぶことはできません。ですから、いざというときに速やかに換金することができるか、ということが重要になります。もちろん、法定通貨は、貨幣そのものなわけですから、最高の流動性プレミアムを持っています。土地や貴金属は、さすがに貨幣そのものには劣ります。しかし、これらを売る市場が整備されていて、現金化するための手間や時間が比較的小さくて済むならば、高い流動性プレミアムを持っているとみなすことができます。

 貨幣とは、政府が「これが貨幣です」と称しているもののことではありません。持越費用がかからず、価値が安定しており、流動性としてあてにできるからこそ、貨幣になるのです。法定通貨が流動性手段として人気が高いのは、先の三つの要件を非常によくみたしているからです。ただし、インフレ目標政策などによって貨幣の価値を目減りさせるならば、その魅力は損なわれることになります。もちろん、それだけで貨幣としての信任を完全に失うことはありませんが、魅力が損なわれた分、土地や貴金属などが貨幣の代わりの役割を果たす可能性が出てきます。

貨幣、財貨、代替貨幣

 人々が貨幣を貯めこんでしまうとき、人々は財貨よりも貨幣に魅力を感じています。差し迫って必要なものはないので、いざというときのために使えるお金を貯めておこうとしているわけです。金融緩和政策は、貨幣の魅力を減じ、財貨の魅力を増すことで、消費や投資を増やそうとするものです。

 ところが、財貨の中には、流動性確保の手段となりうる、貨幣の代替物になりうる財貨があります。これをさしあたって代替貨幣と呼ぶことにしましょう。それらの相対的な魅力が、たとえば次のような関係になっているとしましょう。

 (6) 貨幣>財貨>代替貨幣

 このときには、金融緩和政策によって、次のような関係にすることができます。

 (7) 財貨>貨幣>代替貨幣

 この場合には、貨幣を手放し、財貨への支出を増やすよう、仕向けることができるかもしれません。しかし、次のような関係の場合にはどうでしょうか。

 (8) 貨幣>代替貨幣>財貨

 金融緩和政策は、貨幣の魅力を減じることはできます。しかし、代替貨幣の魅力を減じることはできません。ですから、(8)式のような状況で金融緩和政策を実施しても、次のような関係にしかならないわけです。

 (9) 代替貨幣>財貨>貨幣

 これでは、いくらやっても財貨への支出は増えません。代わりに、代替貨幣への支出が増える、言い換えれば、原油や土地等への投機が増えることになります。代替貨幣は先にも述べたように、労働を使って供給を増やすことが困難な財貨でもあります。よって、代替貨幣への需要は雇用を増やしません。それだけでなく、代替貨幣の高騰が、それを原材料とするさまざまな財やサービスの価格をも押し上げかねません。コスト・プッシュ・インフレです。こうして雇用は増えないまま、インフレだけが生じ、一層生活を苦しいものにしてしまう可能性があります。

 問題は、代替貨幣と財貨の相対的な関係です。実物消費・実物投資が十分に魅力的なものでなければ(財貨>代替貨幣でなければ)、実物消費や実物投資は増えず、総需要も増えません。結局、雇用を増やすためには、財貨への支出の魅力、実際の消費や投資への支出の魅力を増やす必要があります。もちろん、消費が冷え込んでいるのに、投資をして収益を上げる機会など、そうそうあるわけがありません。ですから、究極的には、消費への意欲が増さなければ、どうすることもできないのです。

 代替貨幣>財貨であるのか、財貨>代替貨幣であるのか、現在の日本の状況はどちらにあると考えるべきなのでしょうか。これは優れて実証的な問題ですが、ここでは詳述することは避けます。私自身は代替貨幣>貨幣である蓋然性が高いと考えていますが、この点の白黒をハッキリさせることは困難でしょう。それよりむしろ、リフレに加えて、実物消費、実物投資の魅力を高めるような別の施策を併せて行う方が効果がより高まるのであれば、それがどういう政策であるかを考えるべきです。

 では、消費や投資の魅力を増すためには、どうすればよいのでしょうか。それも、財政政策のように一時的な効果に留まらず、持続する効果として増やすにはどうすればよいのでしょうか。次回はそれを考えたいと思います。

ケインズ『一般理論』より

 最後に、以上の考察の下敷きになっている考え方を紹介しておきます。代替貨幣の議論は、ケインズ『一般理論』における貨幣経済の定義(第17章)ならびにゲゼルのスタンプ貨幣に対する批判(第23章)からきています。それぞれ引用してみましょう。

…すなわち、「流動性」と「持越費用」とはともに程度の問題であること、そして「貨幣」の特質は後者に比して高い前者をもっている点に存在するにすぎないことがそれである。
 たとえば、流動性打歩がつねに持越費用を超える資産というものが存在しない経済──これはいわゆる「貨幣なき経済」について私が与えうる最善の定義である──を考えよう。(ケインズ雇用・利子および貨幣の一般理論』、塩野谷訳、p.238)

 流動性打歩(りゅうどうせいうちぶ)とは、流動性プレミアムのことです。ここで定義されているのは「非貨幣経済」ですが、裏返せば、「流動性打歩がつねに持越費用を超える資産」こそが「貨幣である」と述べているわけです。

 次に、ゲゼルのスタンプ付き貨幣について。スタンプ付き貨幣とは、時間が経過するごとに貨幣にスタンプを押すことを義務付け、そのたびに貨幣の価値が目減りするというルールに基づいた貨幣です。時間がたつと価値が目減りする、という意味で、リフレに準じた政策と言うことができます。

 スタンプ付き貨幣の背景をなす考えは健全なものである。もちろん、それを控え目な規模で実行に移す手段を見出すことは可能である。しかし、ゲゼルが取り上げなかった多くの困難がある。とくに、貨幣はそれに付随する流動性打歩をもつという点において唯一無二のものではなく、ただその程度が他の多くの財貨と異なっているにすぎず、貨幣の重要性は他のいかなる財貨よりもより大きな流動性打歩をもつことから生ずる、ということに彼は気づかなかった。したがって、もしスタンプ制度によって政府紙幣から流動性打歩が取り去られるとしたなら、一連の代用手段──銀行貨幣、要求払いの債務、外国貨幣、宝石、貴金属一般など──が相次いでそれにとって代わるであろう。(p.358)

 リフレの場合には、貨幣だけでなく、もう少し範囲は広いわけですが、理屈は同じです。政策的に減価することのできない代替貨幣が存在し、それが実物消費や実物投資よりも魅力的である限り、貯蓄の減少分はそれらの財貨への投機に向かいます。よって、リフレだけでは雇用につながる需要を増やすことはできないわけです。

雇用・利子および貨幣の一般理論

雇用・利子および貨幣の一般理論