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モジモジ君のブログ。みたいな。

はてなダイアリーから引っ越してきました。

「金融安定化法案否決」への補遺

 「金融安定化法案否決 - モジモジ君の日記。みたいな。」への補遺。修正案が上院を通過したそうですね。しかし、「金融安定化とは直接関係ない」「安定化法案に反発の強い下院共和党が従来、強く要望していた」「企業や個人向けに新たな減税策を追加した」って、まぁ、そういうところにオチるんよね。結局は。それで空いた財源の穴(あるいは、削られる政府支出の穴)は、一体誰が埋めるのでしょうか。朝三暮四にならないことを祈るけど。

 それはそれとして、前回記事へのトラックバックブコメなどに返事。

iteauさんへ

 「謝れったって謝るわきゃあないわな - extra innings」。

 まぁ、謝らないでしょうよ、常識的に考えて。でも、前回記事では、「その上で言うと、公的資金の投入は免れないだろうなぁ、とも思う」と明言しているのであって、どうして「経済も国家も何もかも崩壊して正しさだけが残っても、それどうなんよ?」などという疑問をぶつけられるのだろうか。意味がわからない。……この人にもわかるようにハッキリ書いておくけれど、謝ろうが謝るまいが、破滅を回避するには公的資金投入は不可避なのであって、そのことに反対したことなど一度もない。

 しかし、「謝るべきである」ことを確認しておくことには意味があるよ。妥協するときに、「一体何を妥協したのか」がハッキリするから。金輪際、二度と信用してはならない人物が誰であるのか、それを否応なしにハッキリするから。逆に、iteau氏のように「「いい加減」「適当」「まーこのへんで手を打ちましょう」というなあなあさ」を持ち出す人は、一体何を妥協したのか、事前も事後もさっぱりわからない、曖昧なまま、ということになる。再発防止に失敗するのは、こういういい加減な態度によるのだろうな、と思います。

 徹頭徹尾「いい加減」であるのは、ただのバカです。「筋を通せばどうなるか」がちゃんとわかっているからこそ、適度に、適切に、ほどほどに、役に立つように「いいかげんであることができる」のです。

ブコメ

id:tanaka-daisuke 金融安定化法案で守ろうとしているのは、「博徒投資銀行)」ではなく、「博徒」に金を貸していた人々では?貸し手責任はあるにせよ、「博徒」がけしからんから貸し手を救済せざるべし、というのはズレている気が。

 えーと、「貸し手を救済せざるべし」なんて書いてませんけど。

id:andalusia 全てそうとは思わない。Softbankが約1.5兆円financeしたVodafone買収とそれに続く価格競争は、先端金融手法が社会全体に利益をもたらした分かり易い一例。あれがなければ今の日本の携帯料金はもっと高いはず。

 えーと、たとえば、僕が前回記事に書いた、次の部分。再掲しますね。

 金融安定化法案の合意を巡っては、共和、民主両党から経営責任の明確化を求める声が強まった。
 法案は不良資産買い取りの対象金融機関の経営報酬について、財務省がルールを公表することを盛り込んだ。具体的には同省が資産を直接買い取る場合は、成功報酬を制限し、高額退職金(ゴールデン・パラシュート)を原則禁止する。
 資産を入札方式で買い取る際には、一定の条件で高額退職金に税率二〇%の税金を課したり、役員報酬の所得控除に制限を加えたりする。
 資産買い取りの手法や規模で制限に差を設けたが、金融機関経営者にとってはいずれにしても懲罰的な条項となる。
日本経済新聞2008年9月30日 国際2 14版)

 このような内容をルールαとしましょう。ルールαを求める声は、ずっと前からありました。しかし、ずっと無視されてきました。規制は害悪だ、ということで。しかし、少なくとも、「現行ルール」よりは、「現行ルール+α」の方が、ずっと安全なシステムだったはずです。そして、「現行ルール+α」でも、Softbankへのfinanceとやらは、可能だったんじゃないですかね。おそらく。だったら、「現行ルール」の失敗は明白なんですよ。だから「謝れ」という話。

 逆に、仮に、「現行ルール+α」の元ではSoftbankへのfinanceとやらは実現せず、携帯電話の料金が下がらなかったとするならば、そのようなfinanceはリスク計算上合理的なものではなく、するべきではない投資だった、ということです。