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モジモジ君のブログ。みたいな。

はてなダイアリーから引っ越してきました。

dojinさんへの応答

 ajisunさんの軒先を間借りしてやる段階を超えつつあると思うので、こちらにもってきます。>id:dojinさん

dojin 2008/01/14 00:54 >持続性についての検討がどの学問領域においても、とても薄いと感じられるのはなんでだろう。

経済学者はオカネの持続可能性にとても敏感ですけどねぇ。経済学者や一部の倫理学者はケチですが、左派の良心的な人たちはお金はどこかから必ず捻出できると考えているような気がします。なんていったらまたmojimojiさんに怒られそうですが。。。

たしかにお金はどこかにあるけれど、それがなかなか回ってこないのも事実。その中で、ケチな人たちやお金持ちや経済を心配する人たち(私もそうですが)をどのように説得してお金を取ってくるかというのは、本当はもっと真剣に考えられなければならないと思うのですが。。。


mojimoji 2008/01/14 02:44 怒るっつーかさ。
「左派の良心的な人たち」は、そこで目的として選んだことを明示しているだけです。そして、課税と、医療・介護等、生存への再分配をせよ、と述べているだけです。で、ここでの課税とは、賃労働と余暇の相対価格を変更するだけで、事実としてはそれ以上でもそれ以下でもありません。その上で、「左派の良心的な人たち」は、その明示した価値基準にしたがい、現状と比較して、現状よりも大きな再分配を行う状況を、より望ましい状況だと述べているわけです。

「オカネの持続可能性に敏感な」人たちとやらは、それとは逆の判断をしているわけですが、そのときに導入されている価値基準がまったく定かではないわけです。一体どんな価値基準が導入されてるんですか?dojinさんが言う「オカネの持続可能性にとても敏感な」人たちの目的関数はなんなんですか?それがいつも分からないです。


dojin 2008/01/17 00:38
>課税と、医療・介護等、生存への再分配をせよ、と述べているだけです。

では、このシンプルで全うな主張が、なぜなかなか実現しないのですか?原理原則的な倫理的正しさはもちろん認めますし、それを訴え続けることの重要さも認めます。しかし、それだけでよいのでしょうか。

なぜ世の中に、租税に対する反感があるのか。なぜ多くの人たちが職能団体を結成して課税を逃れたり補助金を獲得しようとするのか。なぜ福祉や生存の保障ではなくて他のところのためにお金を回そうとする圧力があるのか。なぜ自治体は、こんなに財政が厳しくてガタガタなのに、増税できないのか。

そういう現実の政治やしがらみや、そこに対する考察(実証的でも倫理学的でもいいですが)抜きに、まっさらでシンプルな「正しさ」を訴え続けるというのは、どこまで有効なのでしょうか。少なくとも、現状分析能力をまがりなりにも持つと考えられている、アカデミズムや言論界に身をおく私も含めた左派は、もう一歩先の分析・考察と、そこからの力強い倫理的提案が求められているのではないですか。(私もぜんぜんできてませんが)

「オカネの持続可能性にとても敏感な」人たちの目的関数なんぞは私にもわかりません。経済や財政が破綻したらお国が大変だ、とでも漠然と考えているのかもしれません。ですが、彼らのこの漠然とした不安を安心感に変えるだけの経済運営や財政運営のビジョンや能力が、今の左派にありますか。mojimojiさんが今総理大臣になって、「課税と再分配を強化する」の一声で、日本は上手くいくのですか。その際に、持続可能性敏感派に対して「これで上手くいく」と説得するだけの論拠を持っているのですか。

まぁほとんど暴論ですが、これは上手い打開策が思いつかない私自身に対する苛立ちです。なぜmojimojiさんがそんなにいつも毅然としていられるのかが、私にはわからないのです。

 これに対する応答。

「それでよい」と述べたことなどありませんが

しかし、それだけでよいのでしょうか。

 いつも混同されている点ですが。
 第一に、規範的な意味としては、「それだけでよい」はずです。危機に瀕している側は、その事実だけを訴えればいいのであって、それに気づいた人も、その事実をまずは繰り返し知らせる以上の特別な責任はないはずです。その人を助ける責任は、全員にあります。「左派」にこそ「説得する」責任があるかのように言われるなら、そんなものなどないと僕は考えていますが。──これは、事実として、説得しなければ人が動かないかどうかは関係がありません。

 その上で、第二に、運動的な意味としてなら、「それだけでよい」とは思いませんが。現に動かないのですから、ではどうやって動かすか、という問題になるでしょう。というより、この意味で「それだけでよい」と言ったことなど、ただの一度もないんですけどね。実際、それ以上のことをするべきだと思いますし、していると思います。それでは足りていませんが、それを僕の責任だとは思っていません。dojinさんの語り方は、そのあたりをごっちゃにしてますよね。

 第二の意味で、「正当性を主張すること」以上のことをやりたいなら、たんたんとやればいいだけです。やるのはあなたであり、わたしであり、その他すべての人がそれをやるべきです。──ただし、ここで、再度確認しておきますが、あなたやわたしに、それ以外の人たち(「左派」以外の人たちも含めて)以上の特別な責任があるわけではありません。

 このことを、もう一度丁寧に確認しておきます。全員で生きるか、全員で死ぬ、それだけが整合的に説明しうる倫理です。その状況を目指して努力する責任は、ここでの「全員」に含まれるすべての人にあります。ただ、その状況を目指そうとする人と、していない人がいるだけです。で、説得とは、目指している人によって、目指していない人に対してなされるわけですが、それはそうするしかないからしているだけです。「説得する責任」などありません。その意味では「ただ正しいことを繰り返しているだけ」でいいはずです。それでは現実を作るには足りていないから(これで足りる状況は、ありうるのであり、それで足りないのは、完全に相手が悪い、と言い切っておきます)、それ以上のことをやっているだけです。──以上の意味で、dojinさんの語り口は、二つの異なる問題を混同しています。


 その上で、なぜそのようなdojinさんの語り口がダメなのかを、述べておきます。先に出た「目指している人」と「目指していない人」の間において、「目指している人にこそ説得する責任がある」と述べることによって、「目指していない人」の責任を解除するからです。彼らを安心させるからです。説得されるまでは責任などないのだと、思っていられるようにするからです。「必ずしも右派的でもないが、左派に批判的な人」がダメなのは、自ら責任を引き受ける「潔さ」とは逆に、説得すべき相手の責任を解除するお人よしでしかないからです*1。その勇ましい身振りとは逆に、以上述べた意味において社会のマジョリティに対する媚びそのものでしかないからです。バカではないのか、と思います。

目的関数くらい明らかにしないと議論にならない

「オカネの持続可能性にとても敏感な」人たちの目的関数なんぞは私にもわかりません。

 それはとてもとてもとてもとても変ですね。
 強調しておきますが、とてもとてもとてもとても変です。
 それはつまり、「効率性」や「持続可能性」について語ってる人たちの、(社会厚生関数等々の)目的関数がワカランということを意味します。それは、話を聞かされている僕らにおいて、そのように語っている人たちの「効率性」や「持続可能性」が未定義のままだ、ということです。その段階で最初にするべきは、それを確認することです。──再度強調しておきますが、目的関数が分からない状態で「効率性」だの「持続可能性」だのの議論はできません。


 数年前になりますが、その答えの一つとして、僕は驚愕すべき答えを受け取ったことがあります。障害者自立支援法についてやり取りしたときです。その人が言うには、その人が関心を持っているのは「財政破綻しないこと」だそうです。その中で、個々の(障害者の)生活がどうなろうと、関心はない、ということでした。これは、政府が達成すべき目標が、仮のレベルにおいてさえ設定されていない、ということです。逆に言えば、政府のやってはならないことについての制約条件がない、ということです。諸目的の比較考量などしていない、ということです。「諸目的と代替的用途に役立つ稀少な諸手段とのあいだの関係として、人間行動を研究する」*2学問の専門家が言うことでしょうか。

 生存や安心を目的として掲げる「左派」は、いかにも固有の価値観に偏っているかのように見えますが、目標とする価値を明示している時点で、たいていの経済学者よりは「科学的」でさえあります。目的関数さえ不明な人たちは、それを不明なままにしておくことで、価値判断と切り離された中立な議論をしているかのように装っているだけであり、それはごまかしです。大事なことは、その点をきちんと指摘することでしょう。──この点が、僕の目下の中心的研究課題であり、作業中なんですけどね。でも、これって教科書レベルの話ですよ。本来は(といっても、応用経済学の専門研究では、その教科書レベルのことがかなりないがしろにされているので、dojinさんだけが悪い、ということではないのですが)。

 さしあたりは、以上です。

*1:あるいは、自分の責任を解除しているのかもしれませんね。dojinさんのことではありませんが。たとえば、先日hokusyuさんからいただいたトラックバック記事などを参照。

*2:ライオネル・ロビンズによる経済学の定義。多くの主流の経済学者に受け入れられている。