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モジモジ君のブログ。みたいな。

はてなダイアリーから引っ越してきました。

トラフィッキング(人身売買)について

 トラフィッキング(trafficking)というのは、特に人身売買に関わる不正取引のこと。現在でもこうした人身売買は非常に大きな規模で行われており*1、国際的にも大きな人権問題として取扱われている。で、その手口なんだけれども、「直接暴力で拉致して、閉じ込めて監視をつけて、荷物扱いで国外へ輸送する」なんて手段に限定されない。当たり前だ。最初から物理的暴力を使っていたら、その取引プロセスの全体において必要なコストが増大する。よりコスト等々の面でよい手段があれば、そちらを利用するというのは当然のことである。・・・この問題について詳しい、というわけではないのだけど、基本線を確認しておくだけの記事でも意義はあろうかと思うので整理しておく。

※ 最近の従軍慰安婦問題に関する首相発言を受けてのエントリではあるけれど、そういう文脈からのエクササイズとしてのみ扱われてよい問題ではないので、とりあえずは切り離した形で述べる。従軍慰安婦問題については最後に少し触れる。


 僕の知る範囲では、大きく二つの手口がある。一つはよく知られているように、「よい仕事がある」といった嘘で連れ出すというもの。連れ出された人たち(ほぼすべてが女性)は、指示にしたがって目的地まで渡航し、そこで初めて実際の仕事内容と待遇を知らされるが抵抗する手段はなく、そのまま奴隷状態に置かれる、というもの。いま一つの手口は、「逃げると家族に危害をくわえるぞ」といった脅迫を用いるもの。被害者たちの個人情報を把握するのはさして難しいことではないので、こうした脅迫が有効性を持つ。この場合も連れ出された人たちは指示にしたがって目的地まで渡航し、そこで奴隷状態に置かれることになる。

 問題のポイントは、こうした人たちを縛るのは、物理的暴力よりもずっとコストがかからない、という点にある。たとえば、暴力的に拉致した人たちを国外へ移送するのは、大変難しい。まず本人が抵抗するであろうし、首尾よく拉致して閉じ込めたとしても、目的地に着くまで露見しないための様々な手段が必要となる。見張りをつける必要も増すし、そうでなければ貨物として移送し、移送の間の行動の自由を奪っておかねばならない。しかし、縛り上げてコンテナなどに放り込んで輸送したりすれば、今度は輸送中に死んでしまう、あるいは死なないまでも衰弱しきって商品にならなくなるなど、様々な問題が生じる。悪い事をするにしても手段の巧拙というのはあって、暴力的に拉致する方法は、相対的に稚拙な部類に入る*2

 それに対して甘言、あるいは強迫という手段を用いる場合には、目的地まで自発的に赴かせることができる。見張りをつける場合でも、その緊張の度合いはずっと低くなる。こうした手段で移送される人たちは、その移送の過程で、業者にずっと協力的に振るまうことになる。入国審査において嘘をつかせることさえ、単独行動で目的地に赴かせることさえ可能である。しかし、これは強制ではなく自発的な協力である、と言うことはできない。


 こうした人たちが送り込まれる目的地は、性労働を行わせるための施設であったり、裕福な個人の家庭だったりする。受入側は移送過程についてはノータッチであることが多いわけだが、だからといって共犯関係にない、と考える人はいないだろう。目的地において性労働に従事させたり、その他家事的労働を含めて奴隷的状況にとどめておくために、監視・管理がなされる。被害者の移送と使用は一つのシステムをなしているのであり、使用だけを切り離して「こちらに罪はない」と言えるわけがない。

 騙されてきた場合には、この段階以降に逃げる、ということもありえるが、既に述べたような形で強迫されている場合──「家族に危害を加えるぞ」など──、ここでも逃げることができない状況に置かれる。しばしば、友人同士、姉妹一緒にという形で連れてこられていて、「一方が逃げたらもう一方を酷い目にあわせるぞ」といった形の強迫が後から追加されることもある。こうした様々な手段を用いて、できるだけ低コストで被害者を管理することが試みられる。直接的暴力は、間接的手段が首尾よく効果を発揮しない場合に限定して用いられることになる。

 こうしたトラフィッキングの問題について当然受入国の対応が問題になるわけだが、日本においては彼女たちは保護されるどころか、下手すると不法滞在者として取り締まられる側でなることさえある。このような状況では日本の警察等々を期待して逃げ込んでくるということは不可能に近い。よって、当然、日本は「十分な対応を行っていない」国の一つとして、「監視対象国」となっている。恥ずかしい限りだ。(でも、アメリカに言われたくはないよな、とも思うが。)

日本軍慰安所について

 一応、最近の文脈に即して言及しておく。
 要するに、こうした人身売買業者たちの手口というのは、この程度には洗練されているものであり、それは戦時中でもそうだったろう、ということ。受入先が、日本軍が設置・運営する慰安所そのものであるのだから、そして最初の徴用自体が日本軍の発意に端を発しているのだから、これはもうどうしようもなく日本政府・日本軍の責任でしかありようがない。「従軍慰安婦問題──何が問題なのか」も合わせてどうぞ。

 しかし、この問題は本来、現代の問題として直接的な関心がもっと多く寄せられていい、寄せられるべきである。従軍慰安婦問題に関わるエクササイズとして扱われてはならない。これを機会に関心を持った、という人が増えてくれればよいな、と思う。

*1:むしろ増えている可能性さえあるのだが、少なくとも僕はよく知らない。

*2:こうした手段が用いられることが少ない、という意味ではない。そうした面については、端的に「分からない」としか言いようがない。人身売買の実態はまだ十分に把握されているわけではないのだから。甘言や強迫が用いられない場合に、あるいは治安状況が不安定な国の場合、直接暴力でもほとんどコストは変わらないこともありえる。ただし、「日本に連れ込む」という場合には、直接暴力によるよりも、別の方法の方が用いられやすかろう、という想像は成り立つと思われる。