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格差社会ノート(1)──規制緩和は格差を縮小するのか?

 最近、『論争 格差社会』を読んだ。昨今の格差社会論争に関する論文集で、一番最初に収録されている大竹文雄氏の論文が本全体の基調を作っているという印象。しかし、この論文にはどうも納得がいかない。とりあえず引用しよう。大竹氏自身は規制緩和に好意的なスタンスで、次のように述べている。

Q 規制緩和によって格差が拡大したのではないか?

A 規制緩和が所得に与える影響は三つある。まず、参入障壁によって守られていた人々や産業では、規制による恩恵として超過利潤(レント)が発生している。規制緩和とは、こうしたレントをなくすことであり、結果として規制産業に従事する人の所得を低下させる。一方で、参入障壁があるためにその産業で働くことができなかった人々にとっては、規制緩和による障壁撤廃が所得増加に結びつくことになる。・・・(p.25)*1

 この理屈自体は分かる。規制のない状態での賃金(=市場均衡における賃金)と、規制がある状態での賃金を考える。最低賃金規制や解雇規制があると、労働者は相対的に保護されるため、

     市場均衡における賃金 < 規制がある状態での賃金

となる。この差額、「規制下での賃金−市場均衡賃金」は「レント」と呼ばれる。規制の影響で就労している労働者が余分に受け取っている取り分のことだ。他方、賃金水準が市場均衡水準より高くなるため、その分労働需要は少なくなって、仕事につけない人が増える。つまり、失業者が増える。・・・規制緩和は、このレントを生み出している規制をはずすので、就労者と(元)失業者の格差は縮まる。「規制緩和がなければ所得格差はさらに大きくなっていた可能性が高い」(p.25)というわけだ。


 しかし、釈然としない。僕がおかしいと思うのは、登場人物が足りない、という点である。ここには、「就労者」と「失業者」しかいない。実際には、ここに「資本家」が登場しなければならない。レントを受け取ることの是非はともかくとして、規制緩和によって就労者はレントを受け取れなくなる。代わりに、失業者(新規雇用による所得増)と資本家(資本に対する支払増)が受け取る。一般的には、資本の取り分は増えるはずなのだ。なぜ言及されないのだろうか。

【追記】「資本の取り分は増えるはず」は、一般的には言えないかもしれない。生産関数の形、ひいては労働需要関数の形に依存する。賃金低下の割りに労働需要が増えなければ、労働者が受け取る賃金の合計は減り、就労者と失業者をあわせた労働者全体の平均賃金がは下がる可能性はやはりある。とすると、↓の述べたように、価値判断に対する言及以前に、就労者と失業者をあわせた労働者全体の平均賃金が上がるのか下がるのかが問題。上がるのならば、とりあえずこの面での問題はない。下がるのならば、やはり問題。というわけなので、ここより↓の部分、「資本の取り分は必ずしも増えるとは限らない」かもしれないので、こういう可能性もある、という話として理解してほしい。【追記ここまで】

 先に「レントを受け取ることの是非はともかくとして」と述べた。「レントは不当な利得だから解消すべき」と言いたいならば、それにきちんと言及して、「その結果、資本に対する分配が増えることはいいことだ」とハッキリ述べて、レントの是非について価値判断していることを明示すべきだ。もちろん、「このレントは正当である」という論陣を張る余地もある。その土俵で議論されるべき事があるはずだ。いずれにせよ、言及自体がないのはおかしい。一応、他の文章も調べてみた。2006年8月号の『諸君』の論文をはじめ、東洋経済エコノミストに最近掲載された文章を一通り見てみたが、言及されていない*2

 きちんと言及するとどうなるか。資本に対する分配が増えるのだから、資本そのものの分配状況が問題になる。皆が満遍なく資本を持っているなら、資本に対する分配が増えることは格差を縮小するだろう。そうでないならば、逆になる。だから、資本の分配状況について言及する必要が出てくる。・・・しかし、普通に考えても、タクシー・ドライバーでヒーヒー言っている人たちが、所得格差を縮める程度に配当を受け取れる金融資産を保有しているとは到底考えられないわけだけど。よって、資本が偏って保有されている場合には、この影響に関して言えば、格差を拡大させる可能性が高い。


 同様の強硬な規制緩和論者であり、安部政権のブレーンでもある八代尚宏の発言も調べてみた。こちらも同じく、基本的には就労者と失業者の間の分配のみに言及し、資本に対する分配が増えることには触れていない。これはちょっと酷いんじゃないかと思うけど、誰か批判したりしてないのかね?

論争 格差社会 (文春新書)

論争 格差社会 (文春新書)

*1:前後も含めたもっと長い引用を読みたい人は、別ページへどーぞ。

*2:『日本の不平等』などの書籍の方はまだチェックしていないのでこれから見る。